革籠原の防塁跡

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大河ドラマ「天地人」の中で、直江兼続が主君の上杉景勝とともに東征してくる徳川軍を迎え討つための「決戦の場」と定め、慶長5年(1600)年に防塁を築いた場所と言われています。
用意周到な作戦を用意していましたが、家康は引き返し、関ケ原で石田三成との決戦に挑んだため、革籠原は「幻の白河決戦」の地となりました。

現存している防塁は370メートルですが、江戸時代の軍記物には数キロメートルに渡って築かれたと記されています。


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